VCの投資において、プリンシパルであるVCとエージェントであるスタートアップの間で発生する可能性のあるエージェンシー問題が議論されることがあります。これが発生するのは両者間の情報の非対称性とインセンティブの不均衡が主な原因と考えられます。VCは実際の投資実務の中でこのエージェンシー問題の発生を抑制するために主に下記のようなアクションをとっているのではないかと思います。
(1) モニタリング(情報開示請求含む)
(2) 取締役派遣
(3) 契約書による対策
(4) イグジット戦略
(1)について、VCは投資先であるスタートアップに定期的に事業の状況等について報告を求めます。これは月次の場合もありますし四半期毎の場合もあります。通常は株主間契約の条項の1つとなる情報開示請求権(Information Right)を基礎とした情報共有になるかと思います。これにより情報の非対称性を抑制し透明性を確保するように両者が努力することになります。情報開示請求権を付与する投資家が保有株式の数量に関して一定の条件が設定される場合があり、その条件を満足しない場合は必要な情報が収集できなくなってしまうので、情報開示請求権を付与されるようにサイドレターの締結をスタートアップと交渉することも必要になってくるケースもあるかと思います。
(2)については、資金調達ラウンドでリードインベスターとなったVCから取締役を派遣するケースが多いかと思います。これにより経営状況に関するさらに詳細な情報へのアクセスが可能となり、取締役会での議決権を行使することにより重要な意思決定について影響を及ぼし経営の方向性に対して株主であるVCの利害を反映することができるようになります。
(3)については、リードインベスターが投資条件の交渉する段階でタームシートを作成し、バリュエーション、残余財産優先分配権、希釈化防止条項、同時売却請求権(Drag Along)等の各条項について相互に関連させながら交渉し両者の利害を調整することになり、最終的に契約書、定款等に規定されることになります。
(4)については、イグジットがIPOの場合はスタートアップの創業者はIPO時の売り出しで保有株式の1部を売却し創業者利益を獲得するケースが多いかと思いますが、持株比率が十分でない場合はストックオプション付与等で利害の調整を行うことになります。イグジットとしてトレードセールが想定される場合は、その手続きを円滑に進めるため全株主を契約当事者とした財産分配契約が締結されることが多くなっています。財産分配契約にはある条件を満足するM&Aの提案があった場合に、全株主に保有株式の売却を請求できるDrag Along条項とみなし清算条項が規定されています。これはもともとはVC側からの要請で締結することが多かったのですが、最近ではスタートアップ(経営株主)側からの提案で締結するケースも増えてきています。
CVCの投資ではリードインベスターになるケースは少ないと思いますので、上記のエージェンシー問題を抑制する対策としては(1)が重要になると思われます。基本的な情報へアクセスすることにより投資先のスタートアップの状況を把握するとともに、そのスタートアップの課題を把握し、それに対して親会社の関与も引き出しながら支援していくことが重要であると思われます。事業分野が関連するケースでは、開示可能な範囲で有益な情報をスタートアップと共有したり、関連するビジネスユニットを紹介し協業の可能性も含め情報交換してもらうというようなことも考えられます。このような双方向のコミュニケーションを密にして透明性を高めることによって信頼関係を醸成し、エージェンシー問題を抑制することが期待されます。
また、CVCとして財務リターンをあまり重視していない場合には、IPOあるいはM&Aをイグジットとして財務リターンの実現を期待しているスタートアップおよび既存株主であるVCとインセンティブの不均衡が発生する可能性があります。戦略リターンを実現することはもちろん重要ですが、スタートアップへの対応がその方向に偏りすぎないように注意する必要があります。